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「悪の法則」

観てきました。のでメモがてら大ざっぱに。

マッカーシー原作といえばコーエン兄弟監督の「ノーカントリー」で、あれも傑作でした。「も」って書いたけど、この「悪の法則」もなかなかのもんだった。

作中では麻薬カルテル最強で、とにかく命狙われたら逃げるしかない。舞台はメキシコとの国境だけどあの辺の麻薬ビジネスは実際にもとてつもない状態であるというのはよく聞く。

最後主人公のカウンセラー(固有名詞なし、常にその名で呼ばれる)のもとに届く妻の虐殺DVD、そしてわけもなく取引のトラックに積まれた腐った死体、などその狂気から奴らの恐ろしさは身にしみてわかる。

そういう「あ、こいつに狙われたら終わりだな」って奴に屈服する、っていう筋は「ノーカントリー」もそうで、あの不気味な出で立ちの屠殺用のガス銃持った奴が延々追いかけ来る話だった。マッカーシーはそういう圧倒的暴力への成す術のなさ、みたいな話好きなんですかね。ちゃんと読もうと思います。

でそういう世界の清涼剤的なものとして、キャメロン・ディアスおばさんが出てくる。超美人。彼女が標的を部下に殺させるとき、わざわざ砂漠にワイヤー仕掛けてバイカーが通るまで待ち、通るときライトアップして「あ!」と思った時にはすでに遅し、首スパン!という殺し方と、会社から出たブラピを、ランナー装って真正面から首に巻きついて自動で締まるワイヤーをかけて、頸動脈スパン!もう一人のランナーが鞄をひったくる、という非常にスマートで合理的な殺し方をする(屈指の場面)。

彼女は欲に従順で(性欲含む)、スポーツのようにブツを盗み、金を得るというスタンスだけども麻薬カルテルからしたら「悪いけどこれ戦争なのよね」ということである。

美しい肢体の(そしてなんかかわいい)チーターが、途中で消えてしまうのもその暗示なんだろう。カウンセラー=弁護士は自分の無罪を「弁護」できず、なすすべなく戦争に巻き込まれる。

クスリ、ダメ、ゼッタイ。