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『スティーラーズ』観てきました

タランティーノ褒めるわ、蓮實が時評で取り上げるわ、ということで観てきました。

一見繋がりのない群像劇が所々で絡まり、しかもその展開は異様に滑稽でスラップスティックだということで否応なく『パルプ・フィクション』が思い浮かぶが、さてそんな単純なフォロワーなのか、っていうと恐らくそうではない。

3つのエピソードに漂っているのは救済やら、自由、という感じのもの。

仲間に車で轢かれたヤク中のもとには怪しげな保安官が現われ、「救済だ」と散弾銃をいきなり渡され、その銃でボス諸共木端微塵。

妻の復讐に走るマッチョは性欲異常者から女性たちを救い出し「君たちは自由だ」と叫ぶが、ひどいことに見事に全員その異常者に洗脳されてしまっていて、妻にも運転中にナイフで刺される始末で、その衝撃で事故死。

プレスリーのものまね男は町のそこらじゅうで馬鹿にされ、呼ばれた祭りのステージでも散々。そこで祭りの前に会った怪しい宣教師が客席にいるのが見えて、救いに縋ったところ突然全てが上手くいく。その場面でマッチョに解放された裸の女性たちが、おっさんに星条旗を被せられ、ものまね男の唄う「アメイジング・グレイス」の前に一列に並ぶシーンの可笑しさったらない。そこで明確に、「あ、やっぱそういう映画なんだな」と確信する。しかもその後ろで「救済」されたヤク中の銃撃戦と、大爆発である。

そしてその物語を動かしたのはひとつの指輪と質屋、である。

アメリカと経済とキリスト教、といえばそれっぽいがとにかくアホらしい映画だった。ポール・ウォーカーよ安らかに。