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「王国」と「ホテル」――『グランド・ブタペスト・ホテル』

ウェス・アンダーソンの前作、『ムーンライズ・キングダム』について、「あまりに箱庭的すぎる。絵本のなかの閉じた世界」という感想をいくつか見たことがある。僕にとってすごい好きな作品なのだが、それを見て「ああ、なるほど」と思うところもあった。それが正鵠を射ているかどうかは検討の余地がだいぶあるとは思うが、かなり心に残っている。そんな思いで見た今作だが、見事にその前作の閉鎖性の更新が垣間見えた。

詳細は省く。人物も映像も相変わらずキュートである。ドタバタ劇も堂に入ってきた。その点前作と同様なのだが、違うのは明確に外部の干渉を受けるということである。コンシェルジュとロビーボーイが列車に乗ったとき、彼らの行く手を二度兵隊が阻む。しかも二度目はナチスに、である。そのとき監督特有のカラフルな配色は消えうせ、モノクロとなっている。結末でコンシェルジュナチスの兵隊の凶弾に倒れたと明かされる。

そもそもコンシェルジュがグランド・ブタペスト・ホテルを愛したのは疲れきった孤独な宿泊客たちの行き着く場所としてのその箱庭を愛したからであり、兵士たちの拠点になってしまったとき何より彼は激怒したのだ。だが心の内では何の干渉も受けない箱庭など存在しないのではという疑問を抱いてもいた。

そんなホテルを、戦争で親を失ったロビーボーイが受け継ぐことになる。妻も結婚して早くに病で亡くしてしまうが彼が老いてホテルのオーナーとなって作家にすべての経緯を話す姿は嬉しげであった。その危ういバランスで成り立っているおもちゃ箱のような箱庭を彼はなんとか守ろうとしている。

主人公の若さから見て今作を前作との二部作と捉えてもそう間違ってはいないと思う。前作の子供のロマンスに絵本のような島の大人たちがあたふたする物語に、同じく絵本のようなホテルが骨肉の争い、戦争に巻き込まれながらロマンスを遂げる物語。表裏一体と考えた方がいいように思う。

最後に、冒頭の作家がカメラに向かってプロローグを話しているとき、子供(孫?)がおもちゃの銃を撃って作家を邪魔するシーンを見たとき、これから挿入されるであろう暴力の予感にひやっとしたものだった。